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これでちょうど10グラムですっ!とまぶしい笑顔の店員は言った。
ほう、それならば家でコーヒーを飲むにあたりちょうど良いではないかと僕は微笑んだ。
本来ならば祝福されるべき昼下がり。10グラムですっ!の声が僕の生活を彩ってくれると思っていた。あまりにも薄いコーヒーを飲むまでは。
赤は夏に
関係ない、関係ないと 駄々こね続けて つかんだ夕日
ふと買い物を終えてぼんやり街を歩いていると、このような短歌が浮かんできた。
はたしてこれは何だろうか。祖父母と共に山の中で暮らしていた幼少期の思い出だろうか。それとも新しい母親になかなか馴染めず泣いていたあの日のことだろうか。まさか現在のことではあるまいとも思うが、二十八にもなって好きなことだけを積極的にしようとしている今も確かに駄々をこねているようなものではある。
自分で作っておきながら自分でもわからないとは。やはり歌は不思議だ。
自分のなかの自分にそっと諭されたような気になるも、懲りずに酒を飲む。洗濯物が乾くのであれば今日は、それだけで、いい。
音たちへ
かちりかちりと音がする。
お酒を大量に飲んだせいで布団に突っ伏している耳にひっそりとささやいてくるやさしい音。おそらくコップの中で氷たちがゆるやかに、ふざけあうようにぶつかり合う音だろう。痛飲した自分をからっかって声をかけてくれているのだろうか。自分の意志とは全く無関係にぐるぐる回る世界の中で、少しだけうれしくなる。暗転。
さたささたさと音がする。
気がつけば外は雨のようだ。ほとんど霧のような降りかたらしく、葉っぱや花に当たった雨たちが上記のような会話をしている。僕のことには気づいているのだろうか。もしかしたら認知はしているけれど、全く気にも留めていないのかもしれない。雨たちが僕とは無関係に世界は回り、進んでいくことを教えてくれている。ふたたび少しだけうれしくなって、暗転。
こそりこそりと音がする。
ああ、これは知っている。自分の布団がこすれあってしゃべる時の音だ。この子たちはいつでも安心の化身のような存在で、とりあえず毎日は大丈夫だと、もうキッズじゃないけれど君もオールライトだと、頼りない主人に言い聞かせてくれる。ありがとう、そう言ってくれると、うれしい。
ゆっくりと今日最後の、暗転。
意外とすべてはやさしいのだと教えてくれるいろいろな音たちへ。