言葉をはきだす機械

ことばをはきだすきかい。コトバヲハキダスキカイ。

はい

 七つ年下の友人と飲む。

 君と僕はきっと本心で悩みを打ち明ける事はできない。

 君と僕が金に困っても金を貸すことはできない。

 君は僕が人生の岐路にたったとき僕の背を押すことはできない。

 そして僕は自分の命を君のためにかけることはできない。

 

 こんな僕らの関係をかけがえのない友情だと言えるくらい僕は大人になった。

 これは皮肉ではなく。14歳だった自分には決して分からない友情だという優越感。

 少しは大人になれたかな。

 また、飲みたいね。

好き!好き!大好き!ほんと好き!

―――胸のうえに十字を切るよ、そして嘘をつくくらいなら死ねたらと思うよ(R・D・レイン

 こんなことを言わなくてもいいくらい私たちは愛し合っている。

 

 

 マリちゃんの頭がぐるぐるしている。十分前、破滅願望アリアリなマリちゃんは、大好きな日本酒と■■■■■という幸せ薬のカクテルをキメた。

 もっともこのカクテルで死んだ、という前例はあまりない。本当に死にたい人間はこのカクテルを選ぶことはない。

 勿論マリちゃんだってそんなことは知っている。マリちゃんは死にたいわけじゃない。むしろ死ぬのは大嫌いだ。マリちゃんが欲しいのは破滅であって死亡ではない。

 この二つを同列にして語ってくる人間があまりにも多いことへの憤りをしょっちゅう聞かされる私には耳にタコな話だが、この違いは確かに大切なことだ。

 私だってブルーハーツハイロウズを同列に語ってくるような人間とは話したいと思わない。

 そういう訳で。

 今、目の前でマリちゃんはしっかりと破滅している。かっこいいマリちゃん。有限実行というのはとっても難しいけれど、マリちゃんは破滅願望に関しては絶対に実行してくれる。お酒やお薬なんていつものことだし、この前なんて謎ルートで左目を生活費に変えてくれた。すてきなマリちゃん。

 

 

 こまった。マリちゃんこと東堂マリコは考える。彼女に破滅願望などありはしない。彼女の中にあるのは自分の隣でキラキラしているユリちゃんこと東雲ユリだけだった。

 ユリちゃんから愛されたい、ユリちゃんのキラキラした目で私だけを見てほしい。それだけ。だから彼女は十五年間適切な距離を保ちながらユリちゃんの好みを探った。その結果こうして望み通りユリちゃんからキラキラ光線をうける、破滅少女マリちゃんは出来あがった。

 こまった。再びマリちゃんは考える。このままじゃ死んじゃう。酒と薬なんて好きじゃないし、左目を自分でつぶした時なんて売ったように見せかけるために何度もウリをすることになった。好きでもない人間に好きに体をさわられることほどおぞましい事はない。何度吐きながら常連のおっさんに抱かれたことか。吐いてる私に射精できるおっさんもなかなかのツワモノだったが。

 けどけどだけど、それを乗り越えた私を見るユリちゃんは最高だった。どこまで破滅したいんだコイツって顔、そして憧れと愛情が詰まったあの目。あの目に見つめてもらえるなら私は何だってできる。

 

 だからこそ。こまった。ぐるぐる頭のマリちゃんはもひとつおまけに考える。

 これ以上すると死んじゃう。ここからは目以上にとり返しのつかない破滅しかない。最後の最後、破滅の果てに避忌すべき死がやってきた時、ユリちゃんは最大限の憧れと、大嫌いな死を迎えてしまった私に、最大限の憐みをその目に湛えてくれるだろう。

 素敵だ。人生のクライマックス。これ以上ないハッピーエンドだ。

 だけどここからが問題。その後はどうなるの。私は最高で終わるけど、ユリちゃんはどうするの。悲しみに暮れるユリちゃんなんて私は求めてない。

 今、私たちはまっとうに愛し合っている。それなら、きっと別の愛だってできるはずだ。私が死ぬことで完成する愛じゃなくて、誰かを殺すことで完成する愛じゃなくて。

 それがどんな愛かはまだ分からない。もしかしたら私たちの愛は歴史に対して垂直性を持てなくなるかもしれない。その時は私の心臓くらえよベイビーだ。

 大丈夫、私たちなら大丈夫だ。だから明日起きたらユリちゃんに伝えよう。

 私たちはきっと愛しあえる。

腐ったブルーズ

 高い壁かと思ったら高架線で道は続いていく。

 

 歌声を一つ。丁寧に生きてみたい夜もある。

 

 ぱららいぞ ぱらいそ ぱらだいす 青ってきっときれいな海色。

 

 雪たちかと思ったら梅の花でやっぱり僕は君が好き。

ロンリーガールズブラボー

 穏やかな午後。冬の寒さもなくなり、部屋に差し込む光が私に睡眠を強いてくる、そんな、そんな穏やかな午後のことだった。

 私は世界で一人になった。

 最初は何かのイタズラかと思った。授業中うっかり寝て、起きたら誰もいなかった。この状況なら普通そう思うだろう。教室移動を教えてくれないとか私の友人はなんと意地が悪いのだろう。殴ってやろうと誓った。

 とにかく今はどの授業中なのか確認しないといけない、そう思った私は時計をみてちょっと困惑した。まだ自分が寝た授業が行われている時間だ。

 何で?国語の授業中に何処かに移動するようなことは無いだろうし、寝ている私を放っていくことも無いだろう。

 念のため確認したが腕時計も壁掛けも同じ時間を示している。

 どうなってんの、これ。まあいいか、とりあえず職員室に行けばどうすればいいか分かるだろう。私は寝たことで怒られるくらい怖くはないのだ。

 そして全ての教室を巡り、誰もいないことが判明した。ここまでが私のあらすじだ。

 世界と呼ぶには学校は小さいけれど、高校生である私にとって世界の六割は学校だ。世界の半分以上回って誰もいないのであれば、私は世界で一人になったといっても過言では無いはずだ。過言か。

 とにかく私は残りの四割、通学路、お気に入りの店、我が家などを確認するために学校を出て行く。

 胸を張って世界で一人になったと言うために。

 

夏に降る雪 1

 カチリ。ぼんやりと踏み出した右足から感触が伝わる。二、三センチほど積もった雪の下で金属が眠っているようだ。

 銃器類か鉄クズか、何にせよ自分には必要ないものだろう。銃器類は何かを殺すためにあるが、それはその何かが命を持っていることが前提となっている。この雪が降り始めて十年経った今、果たしてどれだけ殺すことができるものが存在するのだろうか。

 そんなことを考えながらも結局ナナオは雪を除けてみることにした。

 彼女にとって時間は無限に近く、彼の役割(そんなものがあったとして)はその無限を浪費し続けそれを無に変える事だったから。

 結論からを申し上げますならば。それは単なる鉄クズだった。なるほどこれがいわゆるバールのようなもの、なのだろう。殺人事件とかによくでてくるあれだ。

 ナナオは少しほっとして笑いそれを放り投げた。音もなくそれは雪に埋もれていく。雪が降りかかりバールのようなものの形をしたくぼみは、即座に何もない雪原に姿を変えた。

 自分に必要がないとはいえ、何かを殺すことしか能の無いものは怖い。

 少しスリルのある暇つぶしを楽しんだナナオは満足してまた右足をぼんやりと踏み出した。